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史上最強のプロレスラーは???

初プロレス・ネタです。「テーマは何にしよう?」と色々考えましたが、最初はベタなテーマで行きます。
このテーマは永遠に解決しないテーマだと思うのですが、みなさんの熱いご意見をお聞かせください。





私が史上最強だと思うプロレスラーは、色々候補には挙がりますが、やっぱり「ジャンボ鶴田」ではないかと思います。本当にブチ切れたときの彼を止めることができるレスラーはいないと思います。
「鶴田、オォー!」のコールが懐かしい・・・

■ジャンボ鶴田略歴■
本名 鶴田友美  昭和26年3月25日生まれ
山梨県東山梨群出身。高校時代はバスケの選手だったが中央大学時代レスリングへ転身、ミュンヘンオリンピック出場を果たす。その後、ジャイアント馬場率いる全日本プロレスにスカウトされる。入団会見での「全日本プロレスに就職します」という言葉は有名。昭和50年にはジャイアント馬場と組んでインタータッグ選手権、昭和51年にはUNヘビー級、昭和58年にはインターナショナルヘビー級、その翌年にはAWA世界ヘビー級を獲得する。その後、日本とアメリカを往復して世界タイトルを防衛するという馬場も成し遂げなかった快挙をやってのけた。平成元年には当時全日本に乱立していた3つのシングルタイトル(当時はインターとPWF、UNの二冠)を統一し、初代三冠王者となる(相手はハンセン)。また、圧倒的なスタミナを誇っていたことから「怪物」と言われた。長州力、天龍源一郎、三沢光晴といった日本人レスラーに対しては日本人離れした体格を武器に圧倒的な力を示していた。92年に内臓疾患で入院してからは第一線に復帰することなく(その間に筑波大学院に合格、レスラー兼学者となる)99年3月6日に日本武道館にて引退セレモニーを行う。2000年5月14日、フィリピン・マニラにて肝臓移植手術中に出血死。享年49歳。
  1. 2004/10/09(土) 02:20:00|
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